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天才騎手・横山典弘と藤沢厩舎「2度目の絶縁」全内幕(2)1人でポツンとベンチに… | アサ芸風俗

天才騎手・横山典弘と藤沢厩舎「2度目の絶縁」全内幕(2)1人でポツンとベンチに…

天才騎手・横山典弘と藤沢厩舎「2度目の絶縁」全内幕(2)1人でポツンとベンチに…

2013/06/12

天才騎手・横山典弘と藤沢厩舎「2度目の絶縁」全内幕(2)1人でポツンとベンチに…

 トラックマンが解説する。

「ダービーを意識するローテなら、中山1600メートルを使う意味がありません。ところがGI馬の冠が欲しかったのか、オーナーサイド(社台系クラブのサンデーレーシング)が無理やり、朝日杯出走を指示してきたというんです。藤沢師も苦渋の決断でしかたなく‥‥ところが2着に終わった。コディーノは中山1600メートルという速い激流に飲み込まれ、引っ掛かってしまった。それまでのレースでは、まったくそんなことがなかったのに。結果的に、このレースを境に異変を来してしまったのです」

 確かにそのとおりで、次のステップレース・弥生賞(3月3日・中山2000メートル・GII)、そして皐月賞(4月14日・中山2000メートル・GI)は連続3着。トラックマンはさらに言う。

「横山は引っ掛かり癖を出し始めたコディーノを制御すべく、折り合いだけを考えて乗ることになった。結果うんぬんより、内でじっとしているしかなかったのです。個人的には弥生賞も皐月賞もほぼ完璧に乗ったと思いますが‥‥」

 だが、朝日杯から3レース続けて「結果」を出せなかったことで、

「藤沢師はオーナーサイドに『これじゃダメだ』と、乗り替わりを進言したといいます。皐月賞の翌週にはもう決断をしていた、と。そして外国人騎手好きなオーナーサイドの指名で、ウィリアムズに依頼することになった」(競馬ライター)

 藤沢師はこの決定について、こう説明した。

「やはり、ここ3戦の結果には満足していない。ダービーでは今まで以上に長い距離を走ることになるし、騎手を替えて新しい面を引き出したい」

 この段階になって「新しい面を引き出す」とは理解に苦しむが、とにかく横山は新馬戦の時からダービーを頭に入れ、コディーノに乗ってきた経緯がある。前出・トレセン関係者が証言する。

「珍しくずっと付きっきりでした。最終追い切りだけでなく、ダク(速歩)やキャンター(駈足)でも乗っていた。(09年に)ダービーを勝ったロジユニヴァースでもそんなことはなかったのに。これまでにないほどホレ込み、『コディーノの強さは俺しか知らない』と豪語していただけに、ダービー直前になって降ろされたショックは並大抵ではなかったでしょうね」

 乗り替わりが決まった直後の5月8日、水曜朝。横山はいつも、美浦トレセンで藤沢厩舎の朝イチの調教に乗るのが通例だったが、

「調教スタンドに行ったら、1人でポツンとベンチに座っていました。何だかとても寂しそうで‥‥。2人が顔を合わせないような位置にいるようにしているんです。そのうち、いろんな馬主関係者やエージェントを捕まえてよくしゃべっていました。やはりヒマなんでしょうかね。話が長いんですよ(笑)」(前出・トラックマン)

 一方の藤沢師は主戦を切り捨てた気負いからか、「不可解な行動」に出たのだった。