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「飛田新地100周年」で共同管理者が「色街の今」を激白! vol.1「これで商売になるのか?」 | アサ芸風俗

「飛田新地100周年」で共同管理者が「色街の今」を激白! vol.1「これで商売になるのか?」

「飛田新地100周年」で共同管理者が「色街の今」を激白! vol.1「これで商売になるのか?」

2016/08/11

「飛田新地100周年」で共同管理者が「色街の今」を激白! vol.1「これで商売になるのか?」

元飛田新地の料亭経営者で、その後、スカウトマンを務めていた杉坂圭介氏が、共同管理者として5年ぶりに現場復帰の体験を記した「飛田をめざす者」(徳間書店)が発刊された。不況下の飛田で、通称〝ババア通り〟と呼ばれる通りの熟女店経営を任された杉坂氏。新たなターゲットとして中国人観光客の獲得に挑む姿と、それを支える女性たちの人間模様が交錯する。今年100周年を迎えた、飛田の知られざる近況が赤裸々に─。

 

「現場に復帰して、あらためて感じたのは、飛田を訪れる外国人観光客の多さ。まさに〝インバウンドイン飛田〟。翻訳機能付きのスマホをオバちゃんに見せながら、『自分でも入れるのか?』『30分いくら?』と交渉している外国人の姿を頻繁に目にしました。特に中国人が多くて、よその店の女の子に聞いたら、今、中国人の団体旅行に、ハルカスや通天閣に行ったあと、女性は日本橋の免税店、男性は飛田というコースもあるという。飛田はお客さんが減り続けていますから、『これはもう、中国人を取り入れるしかない』と考えたんですけど、女の子が嫌がりまして(苦笑)」

そう話すのは、「飛田で生きる」「飛田の子」(ともに徳間書店刊)の著者でもある杉坂圭介氏。

1918年に営業開始した飛田新地は、2018年に誕生100周年を迎える。そして今年、2016年は、営業に先駆けて飛田新地に正式な営業許可が出て100周年の年である。だが、そんな飛田を取り巻く環境は、年々厳しくなっているのだ。

違法行為を黙認、奨励する風俗店などの影響で、客足が落ち続け、飛田料理組合では、昨年4月から、新規店の営業は受け付けなくなった。それ以前には、強引な引き抜きでトラブルが続出することから、店がスカウトを使うことも禁止になっている。そのため、杉坂氏はスカウト業を廃業。実家のある和歌山で生活していた。
「そんな時に『暇だったら、うちの店、手伝ってくれ』と知人を通じて、お声がかかり、昨秋から今春まで、共同管理者として現場復帰しました。飛田では、経営者ではなくても、共同管理者として警察に管理者登録をすると、店への出入りが認められるのでね。

任されたのは、40代以上が多く居並ぶため、〝妖怪通り〟〝ババア通り〟などと呼ばれた通りの店。最近は30代前半の子も増え、レベルが高くなったことから、姉アネ系通りとも呼ばれています。そうは言っても、以前は、若い子しかいない、メイン通りの店を経営していたわけですから、『これで商売になるのか?』と不安になりましたよ(笑)」

管理を頼まれた店は、月の売り上げが平均300万円。この通りでは、稼いでいるほうだという。だが、メイン通りの店では、1000万円の月もあったので、3分の1以下だった。

月の売り上げが、300万円の場合、女の子に売り上げの50%、オバちゃんに10%を払わなければならないから、残るのは40%の120万円。そこから家賃、維持費、求人広告代金を引けば、手元に入るのは40万円程度だという。
「リスキーな仕事ですから、決してうまみのある金額ではない。この仕事をするなら、倍の売り上げが欲しいところ。それで、通りをフラフラしている中国人に目をつけたのですが、とにかく、女の子が嫌がる。

実際、中国人を受け入れたことのある子は、『中国人はマナーがとにかくなってない。ルール無用だから、そこの問題が解決しない以上、遊びたいと言われても、嫌です』って言う。ことマナーに関すると、欧米人の方はレディファーストの世界だから、優しいらしい。でも『中国、韓国は乱暴にされるだけだから嫌だ』と」

 


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